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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)170号 判決 1987年5月26日

原告 酒井護

被告 練馬区石神井保健所長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年三月一六日宗教法人本照寺に対してした別紙目録記載の土地についての五八練石保衛環き第八二号墓地区域変更許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  行政処分の存在

被告は、昭和五九年三月一六日宗教法人本照寺(以下「本照寺」という。)に対し、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について、墓地、埋葬等に関する法律(以下「墓地法」という。)一〇条一、二項に基づき、五八練石保衛環き第八二号をもつて墓地区域変更許可処分(以下「本件許可処分」という。)を行つた。

2  処分の違法性

(一) 原告は、本件土地に極めて近接した場所、すなわち、別紙図面(一)記載のとおり、東京都練馬区西大泉三丁目(以下地番のみを表示する。)二〇三六番一〇に宅地一九一平方メートル及びその地上に木造瓦葺二階建居宅一棟、一階四五・四五平方メートル、二階三八・八四平方メートルを所有し、同所で税理士等の業務を行う者である。

(二) 本照寺は、従前、別紙図面(一)記載のとおり、二〇三二番及び二〇三三番に焼骨墓地を設置していたものである。

(三) 右二〇三二番の北側に隣接する土地二〇三六番二〇、同番二二(いずれも分筆前の地番)には平家建木造建物が、二〇三五番六一、同番四七(いずれも分筆前の地番)には木造の共同住宅が建築されていたが、右二棟の建物は昭和五八年一〇月ころ取り壊された。

(四) 右二〇三六番二〇等と原告の所有土地を含む隣接民家との境界には、以前から高さ約一・七〇メートルのブロツク塀が設置されていたが、本照寺は、それと平行に約七、八〇センチメートルの間隔を保ちながら高さ約一・六〇メートルのブロツク塀を設け、建物を取り壊した跡地を整地し、南北に二、三本の通路を入れ三尺と一間の区画に石を入れた後、昭和五九年四月中旬ころ新設のブロツク塀のうち別紙図面(二)記載ABとCDの間を取り壊し、同月二〇日ころ右取り壊した塀を元通りに修復した。

(五) 本照寺が被告より本件許可処分を受けた本件土地は、従前合計七筆からなり、いずれも吉原正光の所有(ただし、二〇三五番四七、同番四八は吉原富美子と二分の一宛の共有)であつたものを、昭和五八年八月二二日売買を原因として武藤時次郎に所有権移転登記がなされ、同年一〇月六日別紙分筆経過表記載のとおり右各土地を分筆し(ただし、同表記載CGの土地は昭和三八年一二月二〇日分筆済)、別紙図面(二)記載の赤色帯のように幅約七、八〇センチメートル(すなわち、平行しているブロツク塀の間)の分離帯を作成していたこと、そして、この狭い幅の帯状の土地所有者武藤時次郎を隣接土地所有者及び使用者として、その承諾のもとに墓地区域変更を許可している事実が判明した。

(六) ところで、墓地の施設を変更しようとするものは、墓地法一〇条及び同法施行細則(東京都規則昭和二三年第二〇八号、以下「細則」という。)により被告の許可を必要とするが、許可条件を規定する細則一七条によれば、墓地の拡張は、<1>人家等を距ること百メートル以上であること、<2>高燥で飲用水に関係のない土地であること、<3>前二号の外風教及び衛生上支障のない土地であること、が要件とされている。ただし、例外として焼骨を埋蔵する墓地は、公益を害するおそれがないと認めるときはこの限りでないとされている。

(七) また、細則二〇条一、二項によれば、被告は、右条件の調査に当たり、<1>墓地付近の略図(半径二〇〇メートル、六〇〇分の一縮図)、<2>墓地の敷地図面(六〇〇分の一縮図)、<3>申請理由書、<4>寺院、壇徒総代の連署、<5>隣接土地の所有者及び使用者の承諾書等を許可申請書に添付させることを義務づけ、前記三要件と例外事由としての公益を害するか否かを審査する建前となつている。

しかるところ、被告が審査した隣接土地の所有者及び使用者の承諾書は、墓地と隣接土地との間に帯状に幅約九〇センチメートルの土地を分筆し、分筆部分を墓地の旧土地所有者とし、同人の承諾をもつて隣接土地の所有者及び使用者の承諾としている。かかる帯状の土地の分筆は、墓地拡張許可を求めるについての作為的なものである。右細則に定める「隣接土地所有者及び使用者」とは、その趣旨から、現に隣接地を日常生活と密着した関係での使用、すなわち、建物所有目的等による居住用かそれに密接する土地所有であり、また、その使用に供する者でなければならないことは当然である。右のような幅約九〇センチメートルの帯状の土地の所有者は、登記簿上の土地所有者であつたとしても、細則二〇条一項九号に規定する土地所有者ではなく、ましてや使用者ということもできない。

更に、被告は、本件許可処分を行うに際し、細則二〇条一項二号に掲げる図面を添付させず、現地に臨み、申請が適法に行われているか否かを申請書と対比すれば、たやすくその不当性が発見できるのにこれを怠り、安易に本件許可処分を行つた。これは、自ら定めた規則を犯し、墓地法の目的を逸脱したもので、行政権の著しい濫用である。

(八) したがつて、被告のした本件許可処分は、細則一七条、二〇条等に違反し、違法である。

3  出訴期間

原告は、昭和五九年四月一八日前記ブロツク塀の取り壊しの件を被告に問い合わせたところ、被告の係官が本件許可処分の存在を回答したため、右処分の存在を知つた。そこで、原告は、被告に本件許可処分の権限を委任した上級行政庁である練馬区長に対し、行政不服審査法による審査請求を行つたが、同区長は右請求に対する裁決をいまだに行わない。

4  原告適格

(一) 本件墓地付近一帯は、第一種住居専用地域(建ぺい率四〇パーセント、容積率八〇パーセント、第一種高度地域)という建築基準法上の厳しい制度のある住宅地域であるが、かかる場所に近隣者の承諾もなく墓地拡張を許可することは、近隣者の生活環境を著しく低下させる。すなわち、供物の腐敗による悪臭及び蚊、蠅の発生、夜間における密会場所となるおそれなど防犯上の問題、卒塔婆の乱立による居住感情の阻害等による環境悪化、更には、地価の下落を生ぜしめるはずで、近隣者の利益を害し、原告の財産権及び自由権、環境権を侵害する結果となる。

(二) 右のような近隣者の利益が墓地法によつて法律上保護された利益に該当することは、以下に詳述するとおりである。

(1) 墓地法は墓地区域の変更等その運営について都道府県知事の許可を受けることを定めているが、この事務はいわゆる機関委任事務である(地方自治法一四八条二項別表三の二六)。元来、墓地の設置、管理及び運営等は、国民の宗教的感情、公衆衛生並びに公共の福祉と密接な関係がある事項であるから、これを一律に規制することは各地域の都市形態の格差及び風俗慣習の違いによつて不可能であるから、各地方の実情に則した設置や運営をはかることが墓地法一条の目的に適合するものとして、その権限を都道府県知事に委任したものである。したがつて、受任者である都道府県知事は、墓地法の精神に則つた規則を制定し、その運用にあたつてもこれを忠実に履行しなければならず、墓地法及び自ら定めた規則に反する自由裁量は許されない。

(2) 東京都においては、その地域が都市構造であるため、他の過疎地域に比べれば厳格な規則とその運用にならざるを得ず、規則制定について細部にわたる制限を設けることも、国民の宗教的感情や公共の福祉等に適合させる措置として肯定されるところである。ところで、都知事はその権限事項(地方自治法一五条一項)として細則を制定したのであり、この細則は、墓地法の目的に沿つて正しく実行されなければならない性質のものであるから、自治法規ではあるが、一種の部分社会に適用される法で国法と牴触しない限り法律と同様の拘束力をもついわゆる法規命令に属するものである。したがつて、細則は、行政機関の内部的組織や行政事務の審査手順等を定めた行政規則とはその本質を異にするものであり、許可権者である都知事(本件では練馬保健所長)といえども、これに従わなければならない性質を有するのである。

(3) このような見地から細則をみるに、細則二〇条一項九号は、所定の許可申請書類の添付書類として隣接土地の所有者及び使用者の承諾書を要求しているが、これは、墓地設置により隣接者の環境及び所有権が悪化するのを防止するためのもので、換言すれば、隣接土地所有者及び使用者の個別的、具体的利益を保護し、その者との紛争を避けるための主要な手段にほかならない。

(4) したがつて、近隣者の保健、衛生、環境上の利益及び財産権等は、法律上保護された利益に該当するものというべきである。

(三) 被告は、本件許可処分の根拠法規である墓地法の規定は、墓地経営が一般的公益保護の観点から、適正に支障なく行われることを確保しようとする目的のものであり、個々人の個別的、具体的な利益を直接に保護することを目的とするものではないから、原告は本件許可処分の取消しを求める適格を有しない旨を主張する。

しかしながら、公益保護とは、個々の隣接地住民の生活環境の保護を否定するものではなく、右住民の具体的及び個別的利益の集積が公益を形成する主要因である。したがつて、隣接土地所有者及び使用者の生活環境や所有権等が保護の対象として審査されなければならないのであるから、原告ら隣接土地所有者及び使用者の同趣旨の利益が墓地法による保護の目的となつていることは明白である。

次に、被告は、細則一七条一項並びに二〇条一、二項の規定は、周辺住民の個別的利益を直接、具体的に保障したものではない旨を主張する。

しかしながら、細則は、墓地区域変更の許可処分を行うことにより、近隣住民に対する公衆衛生、環境悪化等その居住性に影響ないしこれらが侵害されることがないように、墓地設置に当たりその許可基準を定めたものであるから、被告は細則に従い許可権を行使しなければならず、右細則に反しみだりに許可の裁量を行うことはできない。したがつて、細則に定める各事項に該当する利益をもつ近隣住民は、その範囲において利益審査の対象となるが、その利益の具体性、現実性及び程度すなわち特段の事情のある限り、その利益は法律上保護された利益ということができる。また、許可権行使に当たつても、都会地ほど利害が錯そうしているから、東京都の場合はその都市的構造をもつ場所である限り、許可権者は細則に定められた事項について厳格な実体的調査を行い、それに適合するか否か、すなわち、許可処分を行うことにより近隣者の個別的利益を害するおそれがあるか否かに立ち入つて審査したうえで処分を行うべきである。細則は、許可権者に右のような実体的審査権を付与しているのであり、書面のみによる審査を行う形式的審査のみで事足りる性質のものではない。東京都においては、細則に従い、所定の許可申請用紙に添付書類として一〇項目の書類の添付を要件としているが、これは、これら提出書類を基礎として、許可権者に実体的審査を行うことを義務づけている証左である。そして、細則二〇条一項には「申請書に第二号から一四号までに掲げる書類を添付して知事に提出しなければならない」と明記されており、これを怠つても申請を受理することを許容した規定は存在しない。したがつて、これらの書類の添付は申請の必要条件であり、細則の右規定は、周辺住民の個別的利益をも直接、具体的に保障したものと解すべきである。

また、被告は、細則のうち二〇条関係は東京都知事の許可権行使に制約を課するものとの意味における許可基準を定めた法規ではない旨を主張するが、細則は、その内容からして、墓地法の目的に沿うよう各事項についてかなり厳格な規定を設けている(例えば一〇条の地域には焼骨以外の埋蔵禁止、一六条の墓地等の構造制限、二〇条の必要書類添付等)。これらの要件を規定したことは、究極において住民の利益を守るため必要最少限度の事項を定めたものにほかならず、かつ、各事項はその性質上、形式的な書類審査にとどまらず、実体に立ち入つてその真偽を調査したうえで、許可の可否を決定しなければならない性質のものである。これをしない限り墓地法の目的は達せられず、機関委任事務の処理としても不相当な結果を招来するからである。仮に被告主張のように、細則二〇条所定の添付書類のうち隣接土地所有者等の承諾のあることが許可処分の要件でないとするならば、許可権者は進んで現地に赴き近隣の状況をつぶさに調査し、承諾のないことが住民のエゴイズムであり、不当であるとの認定を行つたうえで許可権を行使しない限り、審査は盲目的となり住民の利益は根底から破壊される結果となる。細則二〇条所定の添付書類の規定は、許可権行使に当たつて基本的審査をするうえで必要不可欠のものであるからこそ、その提出を義務づけ、東京都は申請書表紙にその内容を明記しているのである。許可申請者にかかる義務を課しておきながら、被告はこれらの書類の内容は許可の要件とはならず、これには拘束されず自由裁量で許可権行使が可能であるというが、その主張には甚だ疑問がある。

更に、被告は、寺の既設墓地が約二二三〇平方メートルあり、これに連続して面積を二五二・四〇平方メートル拡張したものであるから、本件許可処分は原告に新たな不利益を生じさせることはあり得ない旨を主張する。

しかし、本照寺の墓地は以前二〇三三番のみに設置したものを原告が転居中二〇三二番に拡張したが、原告は二〇三二番に隣接する二〇三六番一〇の土地一九一平方メートル上にあつた木造瓦葺二階建居宅一棟(一階四五・四五、二階三八・八四各平方メートル)を墓地法及び細則施行後である昭和二五年六月から賃借し昭和三七年七月五日売買により取得し、ついで昭和三八年七月一日その敷地を売買で取得し右土地を所有及び使用していたが、右拡張について寺から承諾を求められたことはない。

右拡張時原告がこれに対し対策を講じ得なかつた事情があるとしても、本件の区域変更により原告の東側に墓が設置されることになり、従来の南側に留まらず東側まで墓に囲まれ建物構造上、窓を開ければすべてに卒塔婆が乱立する状態では具体的な生活上の不利益が重ねて生ずるに至つたことになる。墓地設置が被告の処分により認められた以上、これある限り寺及びその管理者並びに使用者に石塔及び卒塔婆を建てないことを求めることは困難である。これらによつて生ずる不利益には本訴による以外いかなる取締対策をも講ずることができない。

(四) よつて、原告は、本件許可処分の取消しを求める原告適格を有するものといわなければならない。

5  訴えの利益

原告は、本件許可処分によって、右のように日常の保健、衛生、環境等に重大な悪影響を受けるのであるから、右処分の取消しを求める法律上の利益を有する。

これに対して、被告は、本件許可処分により墳墓の設置を終えているものが少なくなく、許可が取り消された場合、行政庁が原状回復ないし是正を命ずることができないから、訴えの利益は消滅していると主張する。

しかし、本件訴えにより許可処分が取り消されれば、被告に当然是正命令を発する権限が付与されることはないにしても、取消しにより本照寺は墓地設置の根拠を失うことになり、原告には更に右取消しによつて、本照寺及びその関係者に対し侵害された前記権利を回復する手段を講ずる余地が残されているから、訴の利益なしとしない。また、そうでなければ違法な処分があつても、違法な処分の公定力によつて実現した事実行為には、最早如何なる処置もできないという不当な結果となる。行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)九条括弧書はかかる事態を避けるための規定であり、本訴の結果如何により原告が将来行うべき権利保護の手段に対して、主要な事実としての価値をもつものであるから、訴の利益は存在する。

よつて被告のこの点に関する主張は理由がない。

二  被告の本案前の主張

1  原告適格の不存在について

(一) 処分の取消しの訴えは、取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者、すなわち当該処分の法的効果として自己の権利を侵害され若しくは必然的に侵害されるおそれのある者又は当該処分の根拠法規によつて個別的・具体的に保護された利益を侵害され若しくは必然的に侵害されるおそれのある者に限り、これを提起することができるものとされている。

(1) ところで、墓地法一〇条一項及び二項に基づく墓地経営許可処分又は墓地区域変更許可処分は、許可を受けた者に対し、許可を受けた区域内の土地について墓地として管理・運営する地位を取得させるものにすぎない。したがつて、それらは、その区域外の土地の所有者等の権利義務について影響をおよぼす法的効果を何ら有しないものである。

(2) 墓地法一〇条一項及び二項において、墓地を経営しようとする者又は墓地の区域を変更しようとする者は都道府県知事の許可を受けなければならないと規定したのは、墓地の経営が、国民の宗教感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とするものであるが(同法一条参照)、同法は、何ら具体的な許可基準を定めていない(この点に関する委任規定も設けられていない)。墓地の管理・運営における公共の福祉については国民の風俗習慣、宗教活動、地理的条件、公衆衛生等による各地方の実情に差異があり、右の公益的見地からする墓地経営の適否を一律には定め難いところから、同法は、当該許可要件を明定せず、許可を与えるか否かにつき、各地方の実情に応じて、許可を許容することによつて公益の実現を阻害することがないかどうかという公益的見地からなされる都道府県知事の裁量に委ねているものと解される。

そして、他に、特定の第三者に対する個別的具体的利益侵害の可能性及びその程度を審査したうえ、これと公益実現の必要性とを比較考量して許可の可否を決すべきことを要求している趣旨と解される規定は、何も見当たらないのである。

したがつて、墓地法の規定の趣旨・目的は、墓地の経営が右のように公共の福祉上適正に支障なく行われることを確保しようとする一般的公益保護の点にあることは明らかであり、墓地の近接土地所有者等について、その個人的利益を個別的・具体的に保護することは、同法の直接の目的とされてはいないものというべきである。

なお、東京都知事は、細則を制定し、その一七条において墓地の新設、拡張につき、一定の制限を定め(ただし、焼骨を埋蔵する墓地であつて、知事が公益を害するおそれがないと認めるときには、当該制限はおよばないとされている。)、その二〇条一項及び二項において、墓地経営許可又は墓地区域変更許可を受けようとする者は隣接土地の所有者及び使用者の承諾書を添付して申請しなければならないと定めているが、これらの規定は、後記詳述のとおり、墓地法の規定していない許可要件を新たに定めたものではなく、知事あるいはその権限を委任された特別区長、保健所長が前記公益保護の観点からなすべき審査の便宜に供し、行政の適正な運用、確実な実施を図るとともに、その正当性を担保するためのものとして定められたものであつて、知事自らの定めたこれらの規定が存在することのみをもつて、同法の趣旨・目的が隣接土地所有者等の個別的・具体的な利益を保護する点にあるとすることは到底できない。

(3) 原告は、墓地法一〇条二項の許可によつて保護される利益について、それは公益であつても、公益とは個々の墓地隣接住民の具体的な生活環境上の利益の集積であるから、本件における原告の生活環境上の利益も右の許可による保護の対象とされており、原告は法律上の利益を有する旨を主張し、また、同法上の許可権者である東京都知事が制定した細則の規定及びその運用において、墓地隣接土地の所有者、使用者の生活環境上の利益が保護されるべきものとされているとしたうえ、その適正な運用によつて公益は保護されることになつているのであるから、原告の個別的、具体的利益も、同法上保護された利益にあたると主張する。

しかし、原告適格を基礎づける法律上保護された利益の意義に関しては、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。」(最高裁昭和五三年三月一四日判決・民集三二巻二号二一一頁)と解されるのである。公益の保障の背後には、常に国民、住民、一定範囲の人々が想定されているのであり、公益をつきつめていけば、個人の利益に還元して考えることも論理的には不可能ではないが、法が公益を保障する場合には、そのような究極的な各個人の利益を直接に個別的に保障するというのではなく、一般的公益を保障することにより、それを通じて間接的に各個人の利益の実現をはかろうとしているものと考えられるのであり、各個人の利益は、公益という一般的な利益のなかに包摂解消されていると見るべきものであるから、その場合における各個人の利益は、公益保障の結果に基づいて受ける利益であつて、本来、反射的ないし事実上の利益というべきものとして、法律上保護された利益とは本質を異にするものなのである。

このように、本来的に、個人について、直接、法規が具体的な利益として保障したと認められる場合の法律上保護された利益と、本来公益の保障を目的とした法規の適正な運用によつて、公益が実現されることを通じて、その結果個人が享有することのできる利益とは、本質を異にする。その差異は、利益の保障を定める法規、すなわち行政処分の要件を定める実体法規の性質に由来するものであつて、後者の利益が前者のそれに転化しうるものではないのである。

各個人の具体的利益について、それが原告適格を基礎づける法律上保護された利益に当たるか否かは、「当該処分の根拠とされた実体法規が当該利益を一般的、抽象的にではなく、個別的、具体的な利益として保護する趣旨を含むか否かによつて決せられる」(東京地裁昭和五九年六月一三日判決・判例時報一一三八号五八頁)のであり、これを本件についていえば、原告が本件許可処分の取消しを求めるにつき原告適格を有するものであるか否かは、原告の主張する供物の腐敗による悪臭、蚊・蠅の発生防止、夜間における密会等の防止、卒塔婆による感情阻害の防止などの利益が、本件許可処分の根拠とされた実体法規である墓地法の規定によつて、一般的、抽象的にではなく、個別的、具体的に直接保障されているか否かによつて決せられることになる。

ところで、墓地法一〇条一項及び二項は、墓地を経営しようとする者及び当該墓地の区域を変更しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないとし、一二条において、墓地の経営者は、墓地の経営に関し管理者を置き、その管理者の本籍、住所及び氏名を墓地所在地の市町村長に届け出なければならないとし、墓地の管理者は、埋葬等の求めを受けたときは、正当な理由がなければこれを拒んではならないこと(一三条)、許可証がない場合には埋葬等をさせてはならないこと(一四条一項)、墓地について図面、帳簿類を備えなければならず、関係者の請求があつたときは、その閲覧を拒んではならないこと(一五条)等を義務づけられており、これらに違反した者は刑罰に処するものとしている(二〇条、二一条)。そして、都道府県知事は、公衆衛生その他公共の福祉の見地から必要があると認めるとき、墓地の施設の整備改善、その使用の制限、禁止を命じ、又は当該許可を取り消すことができるとされている(一九条)。

しかしながら、墓地法は、墓地経営許可又は墓地区域変更許可について、都道府県知事の権限行使に制約を課す具体的な許可基準を何ら規定していないし、同法には、前記のような墓地の健全・適正な経営、その永続的管理の確保という一般的公益の保護を目的とする規定のほかに、原告の主張するような個別的利益を直接、具体的に保護することを目的とする規定を全く見出せないのである。

したがつて、都道府県知事は、墓地法一条に規定された法の目的、すなわち(1)国民の宗教的感情に適合すること(2)公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を生じないこととの目的・趣旨に照らして、許可の可否を決する等同法の適用にあたるべきものとされているのであり、結局、墓地経営許可又は墓地区域変更許可は、一般的公益の保護を目的とする処分とされていることは明らかであつて、同法は、原告の主張するような利益を個別的、具体的に保護する趣旨、目的を有する規定、性質まではもたないのである。

(4) もつとも、東京都においては、東京都知事が、右の裁量判断を適正に行うにつきその便宜に資するため、細則一七条一項本文をもつて、前記の諸事情のうちで客観化しうる基準の若干のものを、墓地の設置場所に関する制限等として、一応明示して規定し、また、同知事の右裁量判断に供すべき参考資料として、細則二〇条一項及び二項をもって、許可申請者に対し、前記諸事情の認定、判断に関連する各添付書類の提出を要求している。

しかし、細則一七条一項並びに同二〇条一項及び二項の規定は、墓地法上の許可権者である東京都知事が、法により自らに委ねられ、一般的公益保護の見地からなす裁量判断について、その便宜に資し、参考資料に供すべきものを定めたものにすぎないのであるから、その規定のうちに、許可にかかる墓地の周辺住民個々の利害と関連をもつものがあつたとしても、右規定の制定趣旨、目的からすれば、その利益は同知事のなす公益判断を通じ、その結果として保護されうべき性質のものにすぎないのであり、換言すれば、右規定は、周辺住民の個別的利益を直接・具体的に保障した趣旨の規定であるとはいえないのである。

右の点は、次のとおり、細則の各規定の趣旨を解釈することによつても、明らかである。

本件訴訟で問題とされている焼骨を埋葬する墓地の区域変更許可について、細則一七条一項本文の規定は、墓地の拡張が、<1>国道等を距ること二〇メートル以上、人家等を距ること一〇〇メートル以上であること、<2>高燥で飲用水に関係のない土地であること、<3>風教及び衛生上支障のない土地であることの各制限に従うべきものと定めるが、そのただし書は、知事が「公益を害するおそれがない」と認めるときは、本文の制限規定は適用されないものと定めており、当該規定自体において、この場合における許可の要否を、知事が一般的公益保護の見地からなす裁量判断に、全面的に一任しているのである。

更に、もし、右本文の規定は私益の保護を目的とするものであると解するとすると、これとただし書の規定との関係上、公益を害するおそれがあると認められる場合にかぎつて、はじめて本文の規定は適用されることとなり、しかも、それに牴触しない場合には、許可せざるをえないようなこととなるのであるが、そのような許可が墓地法の許容するものでないのは明らかである。

結局、いずれの点からしても、細則一七条一項の規定は、一般的公益から区別されたものとして、私人の個別的利害を保障する趣旨のものと解することはできないのである。

また、細則二〇条一項九号に定める隣接土地所有者等の承諾書についても、墓地の経営につき、その隣接土地所有者等との関係において、実際上、トラブル等を発生させることなく円滑に継続されることが一応担保されていることを確認することは、許可権限の行使における一般的公益保護の見地からする裁量判断をより適正妥当ならしめるものであるところから、規定されたものと解されるのである。

すなわち、細則二〇条一項九号に定める隣接土地所有者等の承諾書は、墓地経営許可又は墓地区域変更許可に係る裁量権行使についての資料に供するためのものであつて、隣接土地所有者等の承諾が右許可の要件となつているわけではなく、また、右規定は、承諾書の提出により隣接土地所有者等の権利を保護する趣旨のものではない(なお、この承諾書は、細則立案者の解説によれば、「付近住民等とのトラブル発生防止のために添付させるものである」とされている。また、後記判決に係る栃木県の場合、細則には、隣接土地所有者等の意見を明らかにした書類の添付が規定されている。)。

したがつて、右承諾書が添付されない許可申請であつても、都道府県知事等は、隣接土地所有者等の承諾がないとの事情を含めた諸事情を総合的に勘案したうえで、当該許可の要否についての実体的判断をしなければならないものである。そして、承諾書の提出がないからといつて、そのことだけで不許可処分をすることはできないのである。

因に、右承諾書の提出が当該許可の手続的要件であるとすれば、細則には承諾書提出に代わる申請手続を定める規定はないから、隣接土地所有者等の承諾が得られず、その承諾書を提出することができない許可申請者は、許可を受ける可能性を全く奪われてしまうこととなるが、墓地法には、そのような取扱いをしうる権限を都道府県知事に与えた規定は全く見当らないのである。

したがつて、右承諾書提出の要求も、許可権者に委ねられた一般的公益保護の見地からする裁量判断の範囲内においてなすものに止まるのであつて、右規定が、直接、隣接土地所有者等の利益を個別的、具体的に保障したものであると解することはできない。

以上のとおり、本件許可処分については、これによつて個々人の権利が侵害されるものでないのはもとより、当該根拠法規である墓地法の規定は墓地経営が、一般的公益保護の観点から、適正に支障なく行われることを確保しようとする目的のものであり、個々人の個別的・具体的な利益を直接に保護しようとする目的のものではないのであるから、原告は、本件許可処分の法的効果として自己の権利を侵害され又は法律上保護された利益を侵害されるということはできず、その取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないというべきである。

(二) 仮に、墓地法の規定が一般的公益の保護を目的とするほかに、特定個人の具体的利益の保護とも無関係ではないものと解する余地があるとしても、原告主張の不利益の具体的内容をしては、到底、墓地法によって保護された利益を侵害されるものということはできない。

すなわち、原告は、請求原因4(一)において、本件許可処分によつて、供物の腐敗による悪臭、蚊、蠅が発生する、夜間における密会場所となるおそれなど防犯上の問題がある、卒塔婆の乱立による居住感情の阻害等による環境悪化が生じる、更に地価の下落が生じるはずであるとの点を挙げ、これらにより原告の財産、自由及び環境権が侵害されるとして、同人が処分の取消しを求める利益を有する旨を主張する。

しかし、本件許可処分による墓地区域の変更は、別紙図面(一)記載のとおり、既設の墓地区域面積約二二三〇平方メートルのものに連続して面積を二五二・四〇平方メートル拡張したものにすぎず、これによつて、原告に対して新たに右のごとき不利益を生じさせることはありえないのみならず、右不利益は墓地区域変更許可処分によつて必然的に生じうる性質のものでもない。悪臭、蚊、蠅の発生、夜間における密会のおそれなどについては、墓地の管理者又は使用者において適当な対策を講ずべきものであるか、別個に取締対策を講じうるものである。

また、仮に、右のような不利益が生じうるとしても、その不利益の内容は一般的・抽象的なものに止まり、公益から区別されて保護されるべき程度の個別的・具体的利益の侵害とまでは認められないものである。

したがつて、原告の主張する不利益は、いずれも事実上のものにすぎないのであり、たとえ墓地法の規定について、一般的公益の保護を目的とするほかに、特定個人の具体的利益の保護とも無関係ではないと解する余地があることを認めたとしても、原告の不利益の具体的内容をしては、到底、墓地法によつて保護された利益を侵害されるものということはできない。

なお、原告においては、右の事実上の不利益がその受忍すべき限度を超えて生じる場合には、墓地区域変更許可処分は法律上墓地の近隣土地の所有者等にかかる結果を受忍すべき拘束を課する効果をもたないのであるから、その回復のため本件許可処分の公定力を排除する必要はなく、直ちに民事訴訟により、権利・利益の救済を求めることを妨げられないのである。

(三) また、仮に、墓地が拡張されることにより、その近隣土地所有者等に対して公衆衛生上甚だしい影響を与えて居住性に多大の困難を生ぜしめるなど、公益的観点からもこれを放置できないと認めるに足りる特段の事情がある場合には、右特段の事情は、法律上保護された利益であり、右のような近隣土地所有者には、例外的に原告適格が認められるとしても(宇都宮地裁昭和五九年二月九日判決・東京高裁昭和六〇年一〇月三〇日判決参照)、本件の場合、前記のとおり本件許可処分が原告に対して公衆衛生上甚だしい影響を与えて居住性に多大の困難を生ぜしめ、公益的観点からもこれを放置できないと認めるべき特段の事情は存在しない。したがつて、右見地からしても、原告が本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上保護された利益を有するものということはできない。

(四) よつて、本件訴えは、いずれにせよ原告適格を欠く点において不適法である。

2  訴えの利益の消滅について

(一) 行政処分取消訴訟は、違法な処分の公定力を排除し、その法的効果として、原告が現に受けている権利利益の侵害を救済することを目的とするものであるから、当該処分を取り消しても、それによつて作り出された事実状態の原状回復が社会通念上不可能ないし著しく困難となつた場合には、その訴えの利益を欠くに至ると解すべきである。

これを本件についてみれば、本件許可処分により変更された墓地の区域については、すでに、その墓地用地の造成工事は完了し、敷地は多数の霊地に細分区画されたうえ、焼骨を埋蔵するための墳墓を設ける土地として第三者に対して分譲、使用権の設定がなされている。

墓地使用者のうちには、すでに墳墓の設置を終えているものが少なからずみられ、他の者も引き続いて順次墳墓の設置に着手しようとしている状況である。

そして、本件許可処分が取り消された場合には、無許可のまま墓地を経営していると同様の状態が生じるのであるが、墓地法上、無許可であるということのみによつては、行政庁が原状回復ないし是正を命じることはできないのであるし、右のような墓地としての状況、実態を考慮すればその原状回復を図ることは、社会通念に照らし、もはや不可能ないし著しく困難である。

したがつて、本件訴えによつて、本件許可に係る墓地を原状に回復することはできないのであるから、その訴えの利益は消滅しており、本件訴えは、この点においても不適法なものである。

(二) 原告は、本件許可処分が取り消されることによつて、本照寺等に対して原告の侵害された権利を回復する手段を講じる余地が生ずるから、その訴えの利益があると主張し、その理由として、そのためには、原告に及んでいる本件許可処分の公定力を排除する必要があるとするもののようである。

しかし、前述したように、原告の主張するような利益については、墓地法はこれを個別的、具体的に保護し処分庁の権限行使に制約を課することとはしていないのであるから、本件許可処分の法的効果として、原告に対し、右利益を侵害されることに基づく私法上の差止請求権等を剥奪し、かかる結果を受忍すべき拘束を及ぼすものではない。したがつて、第三者である原告に対する関係において本件許可処分の公定力を認めることはできないのであつて、原告は、その権利利益を侵害される場合、その回復のために本件許可処分の公定力を排除する必要はなく、直ちに民事訴訟により救済を求めることを妨げられない。

右のとおり、原告のこの点に関する主張は、理由がないというべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実は認める。ただし、二〇三六番六二、同番一九及び二〇三五番六〇との境界に設置されていたのはフエンスであり、隣接民家との境界に設置されているブロツク塀及びフエンスと本照寺の設けたブロツ塀との間隔は、約八〇ないし九〇センチメートルである。同(五)の事実のうち、隣接土地所有者及び使用者の承諾が許可条件であること及び別紙目録記載の土地が以前七筆からなつていたことは否認する。右土地が吉原正光の所有であつたことは知らない。その余は認める。同(六)の事実は認める。同(七)のうち、帯状の分筆が墓地拡張許可を求めるについての作為的なものであることは知らない。その余の事実は認め、主張は争う。

3  同3は認める。

4  同4(一)のうち、墓地の周囲が原告主張の住宅地域であることは認めるが、その余は争う。同(二)ないし(四)は争う。

5  同5は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が本件訴えを提起する原告適格を有するかどうかについて判断する。

1  本件訴えは、本件許可処分の取消しを求めるものであるが、行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有する者に限り、提起することができるものである(行訴法九条)。そして、行政処分の取消訴訟が、その取消判決の効力によつて当該処分の法的効果を遡及的に失わせ、処分の法的効果として個人に生じている権利、利益の侵害状態を解消させ、もつて、右権利、利益の回復を図ることを目的とするものであることにかんがみると、右の「法律上の利益」とは、このような権利、利益の回復を指すものと解すべきである。そうすると、行政処分の取消訴訟につき原告適格を有する者は、当該処分の法的効果として自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され、もしくは必然的に侵害されるおそれのある者に限られるというべきである。そして、これらの権利、利益は、当該処分がその本来的効果として制約を加える権利、利益に限られず、行政法規が明文の規定又は当該法規の合理的解釈によつて、個人の権利、利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利、利益をも含まれるものと解すべきである(最高裁昭和六〇年一二月一七日第三小法廷判決・判例時報一一七九号五六頁参照)。

2  これを本件についてみると、墓地法によれば、墓地を経営しようとする者及び当該墓地の区域を変更しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないものとされているが(一〇条一、二項)、この墓地法一〇条二項、一項に基づく墓地区域変更許可処分は、当該許可を受けた者に対し、許可を受けた区域内の土地について、適法に墓地として管理、運営する地位を取得させる処分にすぎないものと解されるから、その区域を変更された墓地の隣地所有者及び使用者(以下「隣地所有者等」という。)は、右処分の本来的効果として、その所有権その他の権利、利益につき制限を受けるものではなく、また、義務を課されるものでもないことは明らかである。そして、墓地法一〇条二項、一項は、墓地の区域変更許可の具体的基準についてなんら規定せず、墓地法の他の規定を通覧しても、右許可の具体的基準を示すものはなく、まして隣地所有者等第三者の個別的利益の保護を目的として墓地の区域変更許可権限の行使に一定の制約を課していることを窺わせる規定はなんら存在しない。

しかるところ、東京都において施行されている細則によれば、墓地の設置場所は、人家、学校、病院から一〇〇メートル以上の距離を保たなければならず、また、高燥で飲用水に関係のない土地でなければならないものとされており(一七条一項一、二号)、更に、墓地経営又は墓地の区域変更の許可申請書には、隣地所有者等の承諾書を添付することを要求されている(二〇条一項九号、二項)。原告は、これらの規定を根拠として、隣地所有者等に墓地区域変更許可処分を争う原告適格を肯定することができる旨を主張する。

しかしながら、細則は、地方自治法一五条一項に基づき知事が制定した規則であるから、法定に違反しない限り制定しうるものであり、したがつて、知事が細則において墓地法一〇条の許可の具体的基準を定める場合も、同条により委ねられた範囲内に限られるものというべきであつて、これを超えた規則を制定することは、知事の規則制定権の範囲を超えるものといわなければならない。

ところで、墓地法は、「墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする」ものとされているところ(一条)、右の「公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われる」という文言から、墓地法が国民の個別的な利益の保護をその目的としていると解することができないことは、明らかである。また、右の「国民の宗教的感情に適合する」とは、墓地の設置や埋葬等の行為自体がもともと国民全体の宗教的感情に根ざすものであるから、その趣旨を最大限尊重すべきことを要請するものにほかならないと解すべきであり、したがつて、右の宗教的感情とは個々の国民の宗教的感情を指すものではなく(個々人の宗教的感情の内容はまちまちで、千差万別ともいうべきであり、また、正当な宗教的感情というような概念も考え難いところであるから、墓地法が墓地経営者の不利益において右のような個々人の宗教的感情まで保護することを目的としているものと解することはできない。)、一般的な全体としての国民の宗教的感情を指すものと解すべきであり、右文言から墓地法が国民の個別的な利益の保護を目的としているものと解することはできない。そうすると、墓地法は、全体としての国民の利益ないし国民全体の利益の保護を目的としているのであつて、国民の個別的な利益を保護することは目的としていないものといわざるを得ない。そして、墓地法一〇条が墓地の経営等につき許可基準を明示しなかった趣旨は、墓地の経営等が高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に強く依存する面を有することから、一律の許可基準になじみ難いため、墓地法一条の目的の実現を知事の裁量的判断にかからしめるという限度で統一的規制をし、その許可基準については、当該地域における特殊性に照らして具体的に妥当な裁量判断を行うことを知事に期待し、これに委ねる趣旨で特に規定しなかつたものと解されるのであり。いわば、同法一条に定められた公益の保護の具体化、具現化を知事に委ねたものであつて、同法一条所定の目的とは別個の見地から、すなわち、隣地所有者等の個別的な権利、利益の保護という目的から、許可権限の行使を制約することまでも知事の裁量に委ねたものと解することはできない(これに対して、知事は、墓地法一条の定める公益目的を保護するほか、右の公益に吸収されない国民の個別的利益を採り上げて、それをも考慮に入れて許可、不許可の裁量権を行使することが許容されているとする考え方があり得るが、しかしながら、<1>右の考え方によれば、墓地法という同一の法律の規定に基づく行政権の行使であるにもかかわらず、地方自治体ごとにその保護する利益がそれぞれ異ることとなり、その結果、墓地等の経営に関する許可、不許可の取消訴訟における原告適格の認められる者の範囲が異なることになるという極めて不合理な結果を招来すること、<2>墓地法において、同法一条の公益目的とは別個の見地、すなわち、個個の国民の個別的な利益の保護という見地から、行政権の行使を制約することまで知事の裁量に委ねたことを窺わせる規定は全く存しないこと、<3>かえつて、墓地法一九条によれば、一〇条による許可の取消しについても「公衆衛生その他公共の福祉の見地から必要があるとき」をその要件とし、国民の個別的な利益の侵害ないしそのおそれを考慮すべきことを規定していないこと等に照らすと、右のような考え方は、採用することができないものといわなければならない。)。したがつて、墓地法一〇条は、同法一条の予定していない国民の個別的な利益を保護するために行政権の行使を制約することを許容していないものというべきである。

そうすると、細則の前記規定は、これを隣地所有者等の個別的な利益を保護するために墓地等の経営ないし区域変更の際の許可要件を定めたものであると解する限り、墓地法一〇条に牴触し違法、無効といわざるを得ないこととなり、右細則の規定を適法、有効と解するためには、細則一七条一項一、二号は、公衆衛生を中心とする公益的見地からなすべき審査の便宜に供するとともに、その正当性を担保するための一応の許可基準を定めたものであり、また、細則二〇条一項九号による承諾書の添付は、許可事務とその後の墓地経営の円滑な遂行のための一種の行政指導的観点から要求される手続にすぎないものであつて、いずれも実体的許可要件ではないものと解するほかないこととなる。いずれにしても、細則の右規定を根拠として隣地所有者等に許可処分取消訴訟の原告適格を肯定することはできないものといわなければならない。

3  原告は墓地の拡張は、供物の腐敗による悪臭及び蚊、蠅の発生、夜間における密会場所となるおそれなど防犯上の問題、卒塔婆の乱立による居住感情の阻害等による環境悪化、地価の下落等隣地所有者等の自由権、環境権、財産権を侵害するおそれがあり、このような不利益を被らないという隣地所有者等の利益は墓地法により保護された利益である旨を主張する。

しかしながら、墓地法が公衆衛生その他公益的利益を目的とするものであることは、前記のとおりであり、墓地法上国民の個別的な利益を保護する趣旨の規定が存在しない以上、公益の実現過程において仮に隣地所有者等が原告主張のような利益を享受するとしても、それは、墓地法により保護された利益でなく、単なる事実上の利益にとどまるものと解するのが相当である。けだし、行政法規が行政権の行使に制約を課している目的が、個人の権利、利益を超えた抽象的、一般的な公益の実現にあると解される場合、右公益に包摂される不特定多数人の個別的、具体的利益は、直接的には右行政法規の保護する権利、利益ではなく、いわば、一般的公益の保護を通じて反射的に保護される利益であるにすぎないからである。

次に、原告は、墓地法一条の規定する公益の保護とは、個々の隣接地住民の生活環境の保護を否定するものではなく、右住民の個別的、具体的利益の集積が公益を形成する主要因であるから、隣地所有者等の右利益は墓地法により保護の対象となつている旨を主張するが、しかし、法律が公益の保護すなわち一定範囲の国民の共通の利益をはかることを目的としている場合に、右公益に包摂される不特定多数人の利益は、前記のとおり、公益保護の結果に基づいて反射的に受ける利益であつて、本来、事実上の利益というべきものであり、行政法規が個人の個別的、具体的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている法律上保護された利益とは本質を異にするものであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、細則一七条一項及び二〇条一、二項の規定は、知事に近隣者の個別的利益を害するおそれがあるか否かにつき実体的審査権を付与しているから、隣地所有者等の個別的利益をも直接保障した規定と解すべきであると主張する。しかしながら、細則を隣地所有者等の個別的利益を保障するための許可要件を定めた規定と解することができないことは、前記のとおりであるから、原告の右主張は採用することができない。

なお、墓地が拡張されることによりその近隣土地所有者等に対して公益衛生上甚だしい影響を与えて居住性に多大の困難を生ぜしめるなど、公益的観点からもこれを放置できないと認めるに足りる特段の事情がある場合には、近隣土地所有者等は例外的に原告適格を有するとする考え方があるが、右のように解する法的根拠を見出し難い。

4  以上によれば、本件許可処分は原告の権利、利益に対して直接制限を加えるものではなく、また、墓地法において原告のような隣地所有者等の権利、利益の保護を目的として墓地区域変更許可の権限の行使に制約を課している規定はなく、同法及び細則の解釈からこのような制約を導くこともできないというべきであるから、原告は、本件許可処分によつて自己の権利、利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者ということができず、したがつて、右処分の取消しを求める原告適格を有しないものといわなければならない。

三  よつて、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 小磯武男 金子順一)

別紙 物件目録<省略>

別紙図面(一)<省略>

別紙図面(二)<省略>

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